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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)260号 判決 1992年11月11日

愛知県安城市藤井町高根10番地

原告

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社

代表者代表取締役

丸木三千男

訴訟代理人弁理士

鈴木昌明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

大森蔵人

菅生圭一

長澤正夫

中村友之

主文

特許庁が、同庁昭和63年審判第18750号事件について、平成元年8月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和50年10月24日に出願した同年特許願第128620号を原出願とする分割出願として、昭和58年3月12日、名称を「車両用自動変速装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし(同年特許願第41312号)、同出願は、昭和60年5月31日に特許出願公告(同年特許出願公告第22220号)されたが、昭和63年7月7日に拒絶査定を受けたので、原告は、同年11月2日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、これを同年審判第18750号事件として審理したうえ、平成元年8月31日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月15日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別紙審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

別紙審決書写し記載のとおり、審決は、米国特許第2978928号明細書(以下「第1引用例」という。)及び米国特許第3497043号明細書(以下「第2引用例」という。)を引用し、本願第1発明は、これら引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本願全部につき特許を受けることができないものと判断した。

第3  争点

1  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、第1引用例の技術事項の認定を誤り(取消事由1)、本願第1発明と第1引用例との一致点でないものを一致点と認定した(取消事由2)ため、本願第1発明における格段の作用効果についての判断を遺脱し(取消事由3)、その結果、本願第1発明は、上記各引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をしたものである(取消事由4)から、違法として取り消されるべきである。

2  被告主張の要点

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

第5  当裁判所の判断

1  原告は、取消事由1、2につき、「審決が認定した第 1引用例記載の技術事項のうち、第1引用例のものが、『前記サンギャと前記キャリヤとを着脱自在に係合するクラッチ装置』(別紙審決書写し10頁17~19行)を備えるとした点及び『前記キャリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレート』(同11頁6~7行)を備えるとした点は誤りであり、したがって、本願第1発明と第1引用例の一致点の認定も、これら2点で一致するとした部分は誤りである。」と主張するので、この点について検討する。

(1)  甲第4号証によれば、第1引用例には、次の構成を 持つ車両用自動変速装置の前置式オーバドライブ装置の発明が記載されていることが認められる。

<1> サンギャ88とリングギャ89と該サンギャ88とリングギャ89に噛合するプラネタリピニオン87と該プラネタリピニオン87を回転自在に支持するキャリア86とを有する遊星歯車機構13と、

<2> 前記キャリア86と同心的に連結した入力軸41と、

<3> 前記リングギャ89と同心的に連結し、かつ自動変速機14の入力軸でもある出力軸92と、

<4> 前記サンギャ88と前記入力軸41とを着脱自在に係合する直結用クラッチ装置101と、

<5> 前記サンギャ88を制動するブレーキ装置99とを有する車両用自動変速装置の前置式オーバドライブ装置において、

<6> 前記クラッチ装置101は、

<7> サンギャ88にスプライン結合したハブ97と、該ハブ97と連結した被動プレート(審決のいう第2のプレート)と、

<8> 遊星歯車機構の入力軸であるコンバータ出力軸41にスプライン結合したクラッチハブ109の周縁部のフランジ112と連結した駆動プレート(審決のいう第1のプレート)と、

<9> 前記クラッチハブ109に連結したシリンダ118と、該シリンダ118に内包され軸方向に摺動可能なピストン117と、該ピストン117と前記シリンダ118によって構成される油室と、

<10> 前記クラッチハブ109に設けたドレンバルブとを備えたオーバドライブ装置

(2)  上記認定によれば、審決は、第1引用例の<4>の「前記サンギャ88と前記入力軸41とを着脱自在に係合する直結用クラッチ装置101」を「前記サンギャと前記キャリヤとを着脱自在に係合するクラッチ装置」と認定するとともに、同<7>の「サンギャ88にスプライン結合したハブ97と、該ハブ97と連結した被動プレート(審決のいう第2のプレート)」を「前記キャリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレート」と認定したことが明らかである。

2  被告は、この点に関し、「第1引用例において、クラッチ装置が、サンギャ88と入力軸41とを連結するものであっても、入力軸41にはキャリヤ86がスプライン結合されているのであるから、結局、直結比の状態ではサンギャとキャリヤが一体連結されるのである。また、第1引用例の被動プレート(審決のいう第2のプレート)は、コントロールハブ97にスプライン結合され、該コントロールハブ97はサンギャ88にスプライン結合されている。サンギャ88とキャリヤ86はプラネタリピニオン87を介して噛合状態にあり、この噛合状態において直結比を得るべくクラッチ装置101を作動すると、サンギャ88とキャリヤ86は一体的となって回転するのであるから、直結比の状態では、被動プレート(審決のいう第2のプレート)はキャリヤ86と連結しているのである。本願第1発明の『キャリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレート』との構成は、本願明細書(甲第2号証)の説明(7欄33~35行)に示されている第2のプレートがハブ61を介してキャリヤに連結されている連結態様を含むものであるところ、特許請求の範囲第1項の記載は、その連結態様を格別に限定することなく、上記の構成としているのであるから、この記載の限度で、キャリヤと第2のプレートとの連結態様を把握すれば足りるのである。審決は、このことを前提として、それらの間を結ぶ中間部分を省略し、それに言及することなく認定したものであり、当該認定で十分である。」と主張する。

前示1(2)に述べたとおり、審決の「前記サンギャと前記キャリヤとを着脱自在に係合するクラッチ装置」との認定は、構成の客観的記述という観点からすれば、正確な認定ということはできないけれども、動力伝達の観点から見れば、確かに、被告の主張も当たらないではない。

しかしながら、審決の「前記キャリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレート」との認定は、構成の客観的記述という点からしても、動力伝達という観点からしても、明らかに誤りといわなければならない。

すなわち、甲第2・第3号証により認められる本願明細書の記載から認められるとおり、本願第1発明を始めとする「本発明の目的は直結段からオーバドライブ段に変速する際の変速ショックの小さいオーバドライブ装置を提供する事」(甲第2号証5欄25~27行)にあり、本願第1発明は、この目的に沿った基礎的構造として採用した直結段とオーバドライブ段の両駆動を達成しうる構成をその発明の要旨としているのであって、単に直結比を得るべくクラッチ装置を作動させている場合の動力伝達の観点のみから見た構成を示しているのではない。

本願第1発明の「キャリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレート」との構成は、被告も挙げる本願明細書(甲第2号証)の「キャリヤ54はクラッチ装置13の摩擦板60(注、特許請求の範囲第1項でいう第2のプレート)とスプライン嵌合するハブ61と連結されている。」(7欄33~35行)との説明及びその余の本願明細書の記載からも認められるとおり、その「連結」との用語は、その他の構成を説明するために用いられている「連結」の用語と同じく、直結比を得るべくクラッチ装置が係合状態の場合もオーバードライブ比を得るべくクラッチ装置が解放状態の場合も、このクラッチ装置が係合解放いずれの状態にあるかに係わらず、常に結合されていることを意味するものとして用いられ、クラッチ装置により着脱自在に係合する関係を意味するものとは区別して用いられていることは、明らかといわなければならない。したがって、本願第1発明の上記構成と対比して第1引用例の発明を記述する場合、「連結」との語は、本願明細書において使用されている上記意味において用いなければ、正確な対比は不可能となることは自明である。

この見地から、第1引用例の上記構成を見ると、第1引用例の被動プレート(審決のいう第2のプレート)はサンギャ88にスプライン結合したハブ97と連結しているのであって、キャリヤ86に連結されているものでないことが明らかである。また、被告の上記主張の趣旨に即し動力伝達の観点から見ても、オーバードライブ比を得るべくクラッチ装置が解放状態のとき、第1引用例の被動プレート(審決のいう第2のプレート)は、入力軸側の駆動プレート(審決のいう第1のプレート)と離脱される結果、入力軸とスプライン結合したキャリヤと連結されているということはできないのであって、被告の上記主張は失当というほかはない。

3  審決がこの点を誤って認定した結果、審決の第1引用例の認定においては、サンギャ88がクラッチ装置101の駆動プレート(審決のいう第1のプレート)、被動プレート(審決のいう第2のプレート)のいずれに連結されているかが認定されないままに終わっており、この点の構成が明らかにされていない。

そして、この点の構成が明らかでないと、直結段からオーバドライブ段に変速するために、クラッチ装置を解放状態にし、サンギャを制動するブレーキ装置を作動させた場合に、いずれの部材が停止部材となるのかが明らかにならないことも明白といわなければならない。

すなわち、上記認定の第1引用例の発明の構成によれば、第1引用例の被動プレート(審決のいう第2のプレート)はサンギャ88にスプライン結合したハブ97と連結しており、一方、その駆動プレート(審決のいう第1のプレート)は、遊星歯車機構の入力軸であるコンバータ出力軸41にスプライン結合したクラッチハブ109の周縁部のフランジ112と連結し(上記第1引用例の構成<8>)、クラッチハブ109にはピストン117を内包したシリンダ118が連結されており、このピストン117とシリンダ118が油室を構成し(同<9>)、また、クラッチハブ109にはドレンバルブが設けられており(同<10>)、この両プレート間で動力伝達を係合離脱する動力伝達機構を採用しているから、直結段からオーバドライブ段に変速するために、クラッチ装置を解放状態にし、サンギャを制動するブレーキ装置を作動させた場合に、被動プレート(審決のいう第2のプレート)・ハブ97・サンギャ88が停止部材となり、駆動プレート(審決のいう第1のプレート)・クラッチハブ109及びこれに連結又は構成配設されているピストン117・シリンダ118・油室・ドレンバルブが回転部材となることが明らかである。これに対し、前示当事者間に争いのない本願第1発明の構成によれば、本願第1発明の第2のプレートはキャリヤに連結され駆動プレートとして働き、その第1のプレートは被動プレートとして働くのであって、この第1のプレートにサンギャと連結したクラッチドラムが連結され、クラッチドラムにはピストンを内包したシリンダが連結されており、このピストンとシリンダが油室を構成し、油室を構成する部材の突出部にチェックバルブが配設されており、この両プレート間で動力伝達を係合離脱する動力伝達機構を採用しているから、直結段からオーバドライブ段に変速するために、クラッチ装置を解放状態にし、サンギャを制動するブレーキ装置を作動させた場合に、サンギャ・クラッチドラム及びこれに連結又は構成配設されているピストン・シリンダ・油室・チェックバルブ・第1のプレートが停止部材となり、キャリヤと連結されている第2のプレートが回転部材となることが明らかである。

このように、本願第1発明と第1引用例の発明の各オーバドライブ装置は、全体の構成要素の連結構造を異にし、その異なった構成でそれぞれ直結段とオーバドライブ段の両駆動を達成しているのであり、この構成に関する両者の相違点は審決が認定した相違点(ⅰ)に尽きるものではないと認められる。そして、この構成の相違点を正しく把握したうえでなければ、第1引用例の発明に第2引用例の後置式オーバドライブ装置の構成を採用することが、審決のいうように「当業者であれば特別な設計上の変更を施すことなく、慣用的な利用を持ってなし得ること」と直ちにいうことはできない。

したがって、本願第1発明が第1及び第2引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものかどうかは、あらためて第1引用例の発明の構成を正しく認定し直したうえ、さらに検討を要することといわなければならない。

4  以上のとおり、審決の上記認定の誤りはその結論に影響を及ぼすものというべきであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消を免れない。

よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

昭和63年審判第18750号

審決

愛知県安城市藤井町高根10番地

請求人 アイシン・エィ・ダブリュ 株式会社

東京都千代田区麹町5丁目7番地 秀和紀尾井町TBR 1220鈴木・沼形国際特許事務所

代理人弁理士 鈴木昌明

昭和58年特許願第41312号「車輔用自動変速装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年5月31日出願公告、特公昭60- 22220)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

〔Ⅰ〕 本願は、昭和50年10月24日に出願された特願昭50-128620号を特許法第44条第1項の規定により昭和58年3月12日に分割出願した特許法第38条ただし書の規定による出願であつて、その発明の要旨は、出願公告された明細書と図面及び特許法第64条第1項の規定による昭和61年2月21日付手続補年書の記載からみてその特許請求の範囲第1項、第4項、第5項及び第8項に記載されたとおりの

「サンギヤとリングギヤと該サンギヤとリングギヤに噛合するプラネタリピニオンと該プラネタリピニオンを回転自在に支持するキヤリヤとを有する遊星歯車機構と、

前記キヤリヤと同心的に連結した入力軸と、

前記リングギヤと同心的に連結し、かつ自動変速機の入力軸でもある出力軸と、

前記サンギヤと前記キヤリヤとを着脱自在に係合するクラツチ装置と、

前記サンギヤを制動するプレーキ装置とを有する車輛用自動変速装置の前置式オーバドライブ装置において、

前記クラツチ装置は、

サンギヤと連結したクラツチドラムと、

該クラツチドラムと連結した少なくとも1つの第1のプレートと、

前記キヤリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレートと、

前記クラツチドラムに連結したシリンダと、該シリンダに内包され軸方向に摺動可能をピストンと、該ピストンと前記シリンダによつて構成される油室と、

該油室を構成する前記ピストンの半径方向最大径部において前記第1および第2のプレートを押圧係合すべく形成された突出部に配設されるチエツクバルブとを備えることを特徴とするオーバドライブ装置.」

(以下、第1発明という)

「サンギヤとリングギヤと該サンギヤとリングギャに噛合するプラネタリピニオンと該プラネタリピニオンを回転自在に支持するキヤリヤとを有する遊星歯車機構と、

前記キヤリヤと同心的に連結した入力軸と、

前記リングギヤと同心的に連結し、かつ自動変速機の入力軸でもある出力軸と、

前記サンギヤと前記リングギヤとを着脱自在に係合するクラツチ装置と、

前記サンギヤを制動するためのブレーキ装置とを有する車輛用自動変速装置の前置式オーバドライブ装置において、

前記クラツチ装置は、

前記サンギヤと連結したクラツチドラムと、

該クラツチドラムと連結した少なくとも1つの第1のプレートと、

前記リングギヤと連結した少なくとも1つの第2のプレートと、

前記クラツチドラムに連結したシリンダと、該シリンダに内包され軸方向に摺動可能なピストンと、該ピストンと前記シリンダによつて構成される油室と、

該油室を構成する前記ピストンの半径方向最大径部において前記第1および第2のプレートを押圧係合すべく形成された突出部に配設されるチエツクバルブを備えることを特徴とするオーバドライブ装置.」

(以下、第2発明という)

「サンギヤとリングギヤと該サンギヤとリングギヤに噛合するプラネタリピニオンと該プラネタリピニオンを回転自在に支持するキヤリヤとを有する遊星歯車機構と、

前記キヤリヤと同心的に連結した入力軸と、

前記リングギヤと同心的に連結し、かつ自動変速機の入力軸でもある出力軸と、

前記サンギヤと前記キヤリヤとを着脱自在に係合するクラツテ装置と、

前記サンギヤを制動するプレーキ装置と、

前記サンギヤと前記キヤリヤとの間に配設される一方向クラツチとを有する車輛用自動変速装置の前置式オーバドライブ装置において、

前記クラツチ装置は、

前記サンギヤと連結したクラツチドラムと、

該クラツチドラムと連結した少なくとも1つの第1のプレートと、

前記キヤリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレートと、

前記クラツチドラムに連結したシリンダと、該シリンダに内包され軸方向に摺動可能なピストンと、該ピストンと前記シリンダによつて構成される油室と、

該油室を構成する前記ピストンの半径方向最大径部において前記第1および第2のプレートを押圧係合すべく形成された突出部に配設されるチエツクバルブとを備え、

前記一方向クラツチは、前記サンギヤにスプライン嵌合するインナレースと、前記キヤリヤに連結されたハブに設けられたアウタレースとを備えていることを特徴とするオーバドライブ装置.

(以下、第3発明という)

「サンギヤとリングギヤと該サンギヤとリングギヤに噛合するプラネタリピニオンと該プラネタリピニオンを回転自在に支持するキヤリヤとを有する遊星歯車機構と、

前記ギヤリヤと同心的に連結した入力軸と、

前記リングギヤと同心的に連結し、かつ自動変速機の入力軸でもある出力軸と、

前記サンギヤと前記リングギヤとを着脱自在に係合するクラツチ装置と、

前記サンギヤを制動するためプレーキ装置と、

前記サンギヤと前記リングギヤとの間に配設される一方向クラツチとを有する車輛用自動変速装置の前置式オーバドライブ装置において、

前記クラツチ装置は、

前記サンギヤと連結したクラツチドラムと、該クラツチドラムと連結した少なくとも1つの第1のプレートと、

前記リングギヤと連結した少なくとも1つの第2のプレートと、

前記クラツチドラムに連結したシリンダと、該シリンダに内包され軸方向に摺動可能をピストンと、該ピストンと前記シリンダによつて構成される油室と、

該油室を構成する前記ピストンの半径万向最大径部において前記第1および第2のプレートを押圧係合すべく形成された突出部に配設されるチエツクバルブとを備え、

前記一方向クラツチは、前記サンギヤにスプライン嵌合するインナレースと、前記リングギヤに連結されたアウタレースとを備えていることを特徴とするオーバドライブ装置。」(以下、第4発明という)

にあるものと認める.

なお、特許請求の範囲第1項の記載中「チエツクバル」とあるのは「チエツクバルブ」の誤記と認め、第1発明の要旨を上記のように認定した。

そして、第1発明の要旨とする構成によれば、「クラツチ装置を作動させる油圧サーボ機構の油室の構成要素にチエツクバルブを設け、直結段からオーバドライブ段に変速する過程に残留する遠心油圧によるクラツチのひきずりを防止する事により、直結段からオーバドライブ段に変速する過程に発生する変速シヨツクを小さくすることが可能である.

そして前記チエツクバルブは、クラツチ装置を作動させる油圧サーボ機構の油室を構成するピストンの半径方向最大径部において、クラツチ装置の第1および第2のプレートを押圧係合すべく形成された突出部に配設したから、ピストンの形状を変更することなく容易にチエツクバルブを配設することができ、しかも前記油室を構成するシリンダはチエツクバルブの配設に無関係に構或できるから、オーバドライブ装置の構造の簡易化、軽量化および加工性の向上を図ることができ、かつチエツクバルブがピストンの半径方向最大径部に形成される突出部に配設されることにより、クラツチ装置の非係合時における油圧サーボ機構の油室内に残留する油量を著るしく減少させ、従つて残留遠心油圧を著るしく減少させることができるものである.」という効果を奏するものである.

〔Ⅱ〕原査定の拒絶理由に引用された、特許異議申立人、マツダ株式会社の提出した甲第1号証である米国特許第2978928号明細書(以下、第1引用例という)及び甲第2号証である米国特許第3497043号明細書(以下、第2引用例という)にはそれぞれ次の技術的事項が記載されている.

(1) 第1引用例

(イ) サンギヤとリングギヤと該サンギヤとリングギヤに噛合するブラネタリピニオンと該ブラネタリピニオンを回転自在に支持するキヤリヤとを有する遊星歯車機構と、前記キヤリヤと同心的に連結した入力軸と、前記リングギヤと同心的に連結し、かつ自動変速機の入力軸でもある出力軸と、前記サンギヤと前記キヤリヤとを着脱自在に係合するクラツチ装置と、前記サンギヤを制動するプレーキ装置とを有する車輛用自動変速装置の前置式オーバドライブ装置において、前記クラツチ装置はオーバドライブ装置の入力軸であるコンバータ出力軸にスブライン結合したクラツチハブと、該クラツチハブと連結した少なくとも1つの第1のプレートと、前記キヤリヤと連結した少なくとも1つの第2のプレートと、前記クラツチハブに連結したシリンダと、該シリンダに内包され軸方向に摺動可能なピストンと、該ピストンと前記シリンダによつて構成される油室と、クラツチハブに設けだドレンバルブとを備えたオーバドライブ装置.

(ロ) ドレンバルブは、フルライン圧が作用しない状態で遠心力の作用により開放され、このことにより、シリンダへの油圧の供給が断たれる時にシリンダ内の油を急速にドレンする。そして、クラツチが作動している際にはフルライン圧によつて閉じられるものであること.

(2) 第2引用例

(イ) 自動変速機の出力軸の端部に設けた後置式オーバドライブ装置であつて、当該オーバドライブ装置は、上記出力軸の端部に遊星歯車機構が同芯的に配置され、キヤリヤが出力軸に連結されるとともに、リングギヤが出力軸と同軸配置された後部軸に連結され、リングギヤはクラツチを介してサンギヤに断接可能に連結され、サンギヤはプレーキによつて固定可能に設けられていること。

(ロ) クラツチは、リングギヤに連結されたアウターレースに設けられたプレートと、サンギヤに連結されたクラツチドラムに設けられたプレートとをその作動時において圧接するピストンを有していること.

(ハ) 上記ピストンの半径方向最大径部においてプレートを押圧係合すべく形成された突出部にはチエツクバルブが配設されること.

なお、上記(ハ)のとおり認定したのは次のとおりである.

第2引用例に係る図面第1-B図に示されているピストンとプレート(デイスククラツチアセンブリ)との配設関係より、プレートを押圧しているのはピストンの半径方向最大径部に位置する突出部であることは明らかである.また、自動変速機のクラツチを作動させるピストンの半径方向最大径部に突出部を設け、当該突出部に、シリンダとピストンによつて構成される油室の油をシリンダへの油圧の供給が断たれる時にドレンさせるためにチエツクバルブを設けることは本件出願の出願前周知の技術的事項であり、当該事項を示す特公昭40-23808号公報、英国特許第1273859号明細書及び英国特許1100813号明細書の各図面にはチエツクバルブが、ピストンの半径方向最大径部において形成された突出部において円形状として示されている.そして、後置式オーバドライブ装置においてもクラツチ解放時に圧油が残留するのは当然のことであるから、第2引用例の第1-B図のピストンの半径方向の最大径部に形成された突出部に円形状として図示されているものが、シリンダへの油圧の供給が断たれる時にシリンダ内の油をドレンするチエツクバルブであることは当業者であれば容易に推認できることである.

〔Ⅲ〕第1発明と第1引用例に記載されたものを対比すると、第1発明のクラツチドラムは第1引用例のクラツチハブに相当ずることは明らかであり(このことは請求人も認めるところである.審判請求理由補充書第7頁)、また第1発明のチエツクバルブは、シリンダへの油圧の供給が断たれる時にシリンダ内の油をドレンし、クラツチが作動した際には閉じられるという機能を有する点で第1引用例のドレンバルブに相当す、るので、両者は、サンギヤとリングギヤと該サンギヤとリングギヤに噛合するブラネタリビニオンと該ブラネタリビニオンを回転自在に支持するギヤリヤとを有する遊星歯軍機構と、前記ギヤリヤと同心的に連結した入力軸と、前記リングギヤと同心的に連結し、かつ自動変速機の入力軸でもある出力軸と、前記サンギヤと前記キヤリヤとを着脱自在に係合するクラツチ装置と、前記サンギヤを制動するプレーキ装置とを有する車輛用自動変速袋置の前置式オーバドライブ装置において、前記クラツチ装置は、クラツチドラムと、該クラツチドラムと連結した少なくとも1つの第1のプレートと、前記キヤリヤと連結した少をくとも1つの第2のプレートと、前記クラツチドラムに連結したシリンダと、該シリンダに内包され軸方向に摺動可能なピストンと、該ピストンと前記シリンダによつて構成される油室と、チエツクバルブとを備えるオーバドライブ装置である点で一致し、次の各点で相違している.

(ⅰ) クラツチドラムが、本願第1発明ではサンギヤと連結しているのに対して第1引用例ではオーバドライブ装置の入力軸であるコンバータ出力軸にスプライン結合している点.

(ⅱ) チエツクバルブが、本願第1発明ではピストンの半径方向最大径部において第1および第2のプレートを押圧係合すべく形成された突出部に配設されているのに対して第1引用例ではクラツチハブに配設されている点.

〔Ⅳ〕 上記各相違点について検討する

(ⅰ)について

車輛用自動変速装置のオーバドライブ装置を構成するサンギヤ、ブラネタリビニオン、該ビニオンを回転自在に支持するキヤリヤ及びリングギヤの各ギヤ要素、これら各ギヤ要素を適宜係合ずべく配設されるクラツチドラム、ブレーキ等の各摩擦要素の関連構成を、オーバドライブ装置の位置、それによつて発生する内部応力等を考慮して最適なものとして配設することは設計上の常識的事項であり、慣用されている.

そして、第2引用例には、自動変速機の出力軸の端部に設けた後置式((Ⅱ)-(2)-(イ))のオーバドライブ装置であるが(Ⅱ)-(2)-(ロ)に示すようにクラツチドラムをサンギヤに連結する構成が開示されており、当該クラツチドラムとサンギヤの関連構成を第1引用例の前置式のオーバドライブ装置のクラツチドラムとサンギヤの関係で採用することは、当業者であれば特別な設計上の変更を施すことなく、慣用的な利用を持つてなし得ることである。

(ⅱ)について

第2引用例には、(Ⅱ)-(2)-(ハ)に示すようにピストンの半径方向最大径部においてプレートを押圧係合すべく形成された突出部にチエツクバルを配設することが開示され、該チエツクバルブが、シリンダへの油圧の供給が断たれる時にシリンダ内の油をドレンする機能を持つものであることが当業者であれば容易に推認できるものであり、しかも、当該構成のチエツクバルブを前置式のオーバドライブ装置のチエツクバルブとして採用するのに格別の設計変更を加えなければならないような技術的困難性も存在しないのであるから、第1引用例のチエツクバルブに代えて第2引用例記載のチエツクバルブを採用することは当業者であれば容易になし得ることである.

そして、第1発明の要旨とする構成によつてもたらされる上記の〔Ⅰ〕に掲載の効果も、第1引用例及び第2引用例に記載されたものから当業者であれば予測できる程度のものである.

〔Ⅴ〕 以上により、本願の第1発明は上記各引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである.

本願のように、第1発明について拒絶すべき理由がある場合にあつては、それの併合発明である第2発明、第3発明及び第4発明については判断するまでもなく、本願は、出願全部について拒絶すべきものである.

よつて、結論のとおり審決する.

平成1年8月31日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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